価格高騰により買い手のつかない国産ウナギの価格はなぜ下がらないのか

シラスウナギの不漁により価格が高騰している国産ウナギが、買い手がつかずに余っているらしい。

不漁でも…国産ウナギ余ってる「買い手つかぬ異常事態」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180712-00000040-asahi-soci

この記事では、外食店の多くが外国産に切り替えたことにより国産ウナギの重要が減っていると述べている。しかし、経済学の原理に従えば、需要が減っているのなら価格が下がっても良さそうなのに、なぜ価格が下がらないのだろうか。そういう疑問を抱いたので少し調べてみた。

ウナギの価格の決まり方

そもそもの認識として、魚というのは魚市場でセリで値付けされると思っていたのだが、必ずしもそうではないらしい。東京都中央卸売市場のサイトによれば、魚の値段の決まり方は三通りあるようだ。

  1. せり売り:公開で買い手に競争で根をつけさせて、最も高い値段をつけた買い手に売る方法。
  2. 入札:買い手が紙に値段を書いて、最も高い値をつけた買い手に売る方法。
  3. 相対取引:売り手と買い手が値段や量を交渉のうえで、取引する方法。

「価格はどうやって決まるのですか?」東京都中央卸売市場http://www.shijou.metro.tokyo.jp/faq/shikumi/1-4/

せり売りや入札だと需要の変動が価格に反映されそうだが、相対取引だとそうとも言えない。そして、どうやらウナギはほとんどが相対取引で取引されているようだ。

「うなぎの世界は本当に特殊ですので、流通は卸売市場を通さず、相対取引の方が圧倒的です。」

http://www.panpanpapa.com/entry/2017/07/24/111037

そうであれば、生産者としては多少需要が減ったとしても利益を確保するためにそう簡単には値下げに応じないことが予想できる。

ウナギの養殖にかかる費用

それでは、養殖ウナギの原価はどれくらいなのだろうか。日本銀行宮崎事務所の資料「南九州地区(宮崎・鹿児島)の養鰻業」 (2011年)を参考に検討してみる。この資料によれば、ウナギの養殖の主要なコスト要因として以下の3つが挙げられている。

  1. 仕入れ(=シラスウナギ
  2. 餌(主に魚粉が餌として用いられる)
  3. 燃料(養鰻地を加温するため)

まず、高騰していると言われるシラスウナギだが、水産庁の資料によれば、平成29年で約100万円/kgである。

水産庁「うなぎをめぐる現状と対策(平成30年6月)」

http://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/attach/pdf/unagi-78.pdf

 シラスウナギ約5000匹で約1kgなので、1匹は0.2gで価格は200円ということになる。

次に、餌であるが、日銀の資料によれば、2010年で約13万円/tである。多めに見積もって15万円/tとする。それで、出荷までにどれだけの餌が必要となるかを見積もる必要があるが、養殖畜産業界では増肉係数というものを使う。定義は次の通り。

 

 増肉係数=餌の量(乾重)÷増えた体重(湿重)

 

ウナギの増肉係数についての資料は見つけられなかったが、一般的な養殖魚について2から20の範囲にあるので、ひとまず10とおいてみる。あとは、出荷時のウナギの体重が必要だが、このブログを参考に一匹200gであるとする。そうすると、一匹あたりに必要な餌の量は

 

 餌の量=増えた体重✕増肉係数=200g ✕ 10=2000g

 

したがって、餌のコストは

 

 15万円 ✕ 2 kg ÷ 1000 kg =300円

 

最後に燃料費である。これは、どこから初めてよいか検討がつかなかったが、幸い養鰻地加温システムに関する資料が見つかり、そこに燃料の消費量が言及されていたので、その値を参考に計算してみることにする。

 

海洋水産システム協会「養鰻池加温システム実用化事業 (重油焚きボイラー代替方式) 」

http://www.systemkyokai.or.jp/bunsho/jigyokatudo/miryokuaru/zituyouka/21nenn_hoaukokusyo/05_saitosuisan.pdf

 この資料によれば、150〜200坪の池が17池ある養殖場で年間の重油使用量が約250kL、またその他に電気代が1000万円ほどかかっている。この期間の重油の単価は約60円/Lであるが、直近では80円/Lであるので、燃料費としては

 

 250 kL ✕ 80円/L + 10M円 = 30M円

 

これは17池分の燃料費なので、これをウナギ1匹あたりの値段に換算したい。三重県水産技術センターの研究報告によれば、養鰻地面積1m^2辺りのウナギの飼育数は重量換算で20〜40 kg/m^2 である。

山形陽一:ウナギの高密度飼育のための循環濾過システムに関する研究.三重県水産技術センター研究報告, Vol. 3, pp.1-79, 1988.

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010651996.pdf

 20 kg/m^2と仮定すれば、150坪の池が17個で

 

 20 kg/m^2 * 150坪 * 3.3 m^2/坪 * 17 = 168,300 kg

 

つまり、

 

 168,300 kg ÷ 0.2 kg/匹 = 841,500 匹

 

従って、1匹辺りに必要な燃料費は

 

 30M円 ÷ 841,500匹 = 35.6 円/匹

 

ところで、シラスウナギがすべて成魚になって出荷できる訳ではなく、途中で死んでしまうものもでてくる。次のサイトによれば生存率は70%とのこと。

ウナギの食文化を守るには?

https://biztips.ohmae.ac.jp/biz-topics/%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E3%81%AB%E3%81%AF%EF%BC%9F

 これらのことから、ウナギ1匹にかかる養殖費用は

 

 (仕入れ値+エサ代+燃料費)÷生存率=(200円+300円+35.6円)÷0.7=765円/匹

 

一方、ウナギの卸売価格は2018年の1月から5月にかけては3500円/kgから5300円/kgで推移している。

築地市場のウナギ(鰻)の市況(月報) 《ウナギの月別卸売平均価格》

http://jp.gdfreak.com/public/detail/jp011013999600201630/1

1匹あたりに換算すると700円〜1060円。なんと3500円/kgだと赤字になってしまう。この数字を見ると、需要が減ったからと言って生産者が容易に値下げに踏み切れないのも理解できる。

しかし、現在の価格で需要が維持できないのだとすれば国産ウナギの養殖は持続可能なビジネスではなくなっている。そうだとすれば、長期的にはシラスウナギの需要も減ってニホンウナギの絶滅も免れることになるのかもしれない。

結論

  • ウナギのほとんどが相対取引で取引されているため、需要の変動が直接価格に反映されるとは限らない。
  • シラスウナギ仕入れ値はウナギの養殖の主要なコスト要因なので、その価格が高騰するとコストを直撃する。
  • 現在の養殖国産ウナギの卸売価格は養殖のコストをほぼ反映していると言える。
  • 現在の価格で需要が維持できないのであれば、現状で養鰻は持続可能なビジネスとはいえない。